大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所大曲支部 昭和61年(ワ)136号 判決

主文

一、昭和六一年(ワ)第一三六号事件、昭和六二年(ワ)第四三号事件原告(以下「原告」という。)と昭和六一年(ワ)第一三六号事件被告(以下「被告常寿」という。)との間で、被告常寿と昭和六二年(ワ)第四三号事件被告(以下「被告秀雄」という。)とが昭和六〇年一一月二五日に別紙目録(一)記載の土地についてした贈与契約を取り消す。

二、被告常寿は、別紙目録(一)記載の土地につき秋田地方法務局大曲支局昭和六一年五月一〇日受付第五九九一号をもつてした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三、被告秀雄は原告に対し、金二三五二万五二六〇円及びこれに対する昭和六一年一一月一一日から支払ずみまで年一五パーセントの割合による金員を支払え。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。

五、この判決の三項は、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文と同じ

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 被告秀雄に対する原告の債権

(一)  原告は、昭和五五年八月八日、佐藤清美との信用金庫取引につき次のとおり契約した。

(1) 原告と佐藤との一切の取引につきこの約定に従う。

(2) 遅延損害金は年一五パーセントとする。

(3) 佐藤が債務の履行を遅滞したときは、原告の請求により、佐藤は原告に対するすべての債務について期限の利益を失う。

(二)  右同日、被告秀雄は原告に対し、佐藤が信用金庫取引によつて現在負担し、かつ将来負担することあるべきすべての債務につき連帯保証した。

(三)  原告は佐藤に対し、被告秀雄の連帯保証のもとに次のとおり金員を貸与した。

(1)貸付日 昭和五六年八月三一日

金額 金二〇〇〇万円

利息 年一〇・五パーセント

弁済方法 昭和五六年九月から昭和六六年六月まで毎月末日限り金一〇万円宛の分割弁済し、昭和六六年七月三一日限り残額を完済する。

損害金 年一五パーセント

(2)貸付日 昭和五八年一〇月二五日

金額 金四〇〇万円

利息 年一〇パーセント

返済方法 昭和五八年一二月二八日一括返済

損害金 年一五パーセント

(3)貸付日 昭和五八年一二月一九日

金額 金六〇〇万円

利息 年一〇パーセント

返済方法 昭和五九年一月三一日一括返済

損害金 年一五パーセント

(四)  原告は、佐藤が前(三)(1)記載の貸金につき昭和五八年一一月末日支払いの割賦金の支払を怠つたため、同年一二月二九日までに遅滞割賦金を支払うこと、支払のないときは原告に対するすべての債務につき期限の利益を失う旨通知したが、支払がなされなかつたため、佐藤は前記(三)記載のすべての債務につき約定により同日限り期限の利益を失つた。

(五)  佐藤は、その後、(1)の貸金につき既払分も含め元金三一〇万円と昭和五九年四月三〇日までの利息、損害金を支払つたのみで残元金一六九〇万円及びこれに対する昭和五九年五月一日以降損害金を支払わず、(2)の貸金につき、元金一六八万八八七三円と昭和五八年一二月二八日までの利息を支払つたのみで残元金二三一万一一二七円と同月二九日以降の損害金を支払わず、(3)の貸金につき昭和五九年一月三一日までの利息、損害金を支払つたのみで元金六〇〇万円と同年二月一日以降の損害金を支払わなかつた。そこで原告は、佐藤所有不動産についての競売手続を開始し、昭和六一年一一月一〇日金一〇九三万四八二二円の配当金を得たが、これは(1)ないし(3)の貸金に対する同日までの損害金合計九二四万八九五五円と(三)(1)の元金一六八万五八六七円に充当され、したがつて、原告は佐藤に対し、(1)の貸金残元金一五二一万四一三三円、(2)の貸金残元金二三一万一一二七円及び(3)の貸金元金六〇〇万円の合計金二三五二万五二六〇円及びこれに対する昭和六一年一一月一一日から支払ずみまで年一五パーセントの割合による遅延損害金債権を有し、被告秀雄に対しても右同額の連帯保証債権を有する。

2. 詐害行為

(一)  被告秀雄は別紙目録(一)記載の土地(以下「本件農地」という。)を所有していたところ、昭和六〇年一一月二五日これを被告常寿に贈与(以下「本件贈与」という。)し、秋田地方法務局大曲支局昭和六一年五月一〇日受付第五九九一号でその旨の所有権移転登記手続が経由された。

(二)  右贈与契約の結果、原告は被告秀雄に対する本件債権の満足を完全には受け得なくなつて損害を被つたが、被告秀雄は本件贈与が原告ら債権者を害する結果となることを知つていた。

本件贈与当時、被告秀雄は本件農地の外見るべき資産としては別紙目録(二)記載の宅地を所有するのみであつたところ、右宅地のみでは被告秀雄自身の債務及び本件債務の引き当てとしては不十分なものであつた。

また、本件贈与がなされた時期は、被告秀雄が原告から保証債務の履行を要求され、また、佐藤が株式会社秋田商事から強制競売の申立をされて佐藤に弁済能力のないことが明らかとなり、被告秀雄が原告から保証責任追及を受ける具体的危険が生じつつあつた時点であり、被告秀雄及び被告常寿に詐害の意思あることは明らかである。

被告常寿は、被告秀雄は既に昭和五五年に本件農地を被告常寿に贈与する意思を有していたという。しかし、仮にそうであつたとしても、被告秀雄はその時点での贈与の意思を一旦放棄しているのであるから、従前の経緯は、本件贈与における被告秀雄及び被告常寿の詐害意思に影響を及ぼすものではない。

また、被告常寿は、土地改良事業終結後直ちに本件贈与がなされなかつたのは、被告秀雄と土地改良区との間で紛争があつたためであるという。しかし、右紛争は、被告秀雄において減歩率が多すぎると主張して生じていたものなのであるから、被告秀雄から被告常寿への贈与手続の障害になるものではない。

3. よつて原告は、被告秀雄に対しては、連帯保証契約に基づき貸金二三五二万五二六〇円及びこれに対する昭和六一年一一月一一日から支払ずみまで年一五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求め、被告常寿に対しては詐害行為取消権に基づき、本件農地につき被告秀雄と被告常寿との間でなされた贈与契約の取消し及び被告秀雄から被告常寿への所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1(一)記載の事実は知らない。同(二)記載の事実は否認する。同(三)記載の事実については、佐藤に関する部分は知らず、被告秀雄に関する部分は否認する。同(四)記載の事実は不知。同(五)記載の事実のうち被告秀雄に関する部分は否認し、その余は知らない。

2. 同2(一)記載の事実は認める。同(二)記載の事実のうち、本件贈与の結果、原告が被告秀雄に対する本件債権の満足を完全には受け得なくなつたことは認めるが、被告秀雄がこのことを知つていたとの点は否認する。

被告秀雄に詐害の意思はなかつた。被告秀雄は、昭和五五年五月一日、農業者年金の受給資格を得るため、所有農地全部を後継者である被告常寿に贈与しようとしたが、当時、本件農地を含む区域で土地改良事業が施行中であつたため、仙南村役場の担当係員から、事業終結まで贈与は見合わせるようにとの指導を受けた。そこで被告秀雄は、とりあえず被告常寿と使用貸借契約を締結し、土地改良事業の完了に伴い、当初の予定どおり被告常寿に本件農地を贈与したものである。なお、土地改良事業施行に伴う換地処分の登記は昭和五八年五月一八日にされているけれども、本件贈与の農業委員会に対する許可申請日は昭和六〇年一一月一八日である。この点については、被告秀雄と仙南村土地改良区との間に、昭和五七年以来減歩率等をめぐる紛争が係属し、それが最終的に結着したのが昭和六〇年八月頃であつた。そのため贈与手続が遷延したものにすぎない。

三、抗弁

本件農地の贈与を受けた当時、被告常寿は、これにより被告秀雄の債権者が損害を被ることを知らなかつた。

被告常寿と被告秀雄との間では、既に昭和五五年当時から本件農地の贈与が予定されており、土地改良事業との関係でこれが遷延したものであつて、この間の事情は前述したとおりである。

四、抗弁に対する認否

否認する。

被告常寿において、被告秀雄が原告に対し、佐藤に関する連帯保証債務を負つていることを知つていたことは、原告の担当職員が三回も被告秀雄方を訪問して事後処理を協議しているところ、被告常寿は被告秀雄と同居していること、被告常寿も佐藤を知つていること、からして明らかである。

第三、証拠〈略〉

理由

一1. 被告秀雄作成部分については当事者間に争いがなく、その余の部分については証人高橋隆次の証言により真正に成立したと認める昭和六一年(ワ)第一三六号事件甲第一号証(以下、書証はすべて昭和六一年(ワ)第一三六号事件のものである。)によれば、請求原因1(一)(二)記載の事実を認めることができる。

2. いずれも被告秀雄作成部分については当事者間に争いがなく、その余の部分については証人高橋隆次の証言により真正に成立したと認める甲第五、第六号証及び被告秀雄作成部分の成立については当事者間に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第三号証によれば請求原因1(三)記載の事実を認めることができる。

3. いずれも成立に争いのない甲第二一、第二四号証(甲第二四号証については原本の存在も当事者間に争いがない。)、証人高橋隆次、同三森義助の各証言及び弁論の全趣旨によれば、請求原因1(四)(五)記載の事実を認めることができる。

二、詐害行為について

1. 請求原因2(一)記載の事実は当事者間に争いがない。

2. 本件贈与の詐害行為性について

(一)  本件贈与の結果、原告が被告秀雄に対する本件債権の満足を完全には受け得なくなつたことは当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉によれば、原告は、佐藤が昭和五八年一一月支払予定の割賦金の支払を怠つて同年一二月に期限の利益を失い、佐藤本人及び保証人である被告秀雄と交渉したが支払がなかつたため、佐藤所有不動産に対する任意競売を申立て、昭和五九年八月二二日に競売開始決定を得たこと、佐藤は、同年一二月頃から原告に対して競売の取り下げを要請しており翌昭和六〇年二月頃には被告秀雄も原告に対し、佐藤に一定額を返済させるので競売を取り下げて貰いたい旨の申し出をしたため、原告もこれに応じ、同年三月二六日に取り下げたが、約束の一部返済は結局なされなかつたこと、その後、原告は、同年四月二〇日頃到達の書面で被告秀雄に対し、このままであれば保証している被告秀雄に迷惑がかかることになるので、至急返済するよう佐藤に督促されたい旨を通知し、更に、同年七月一二日頃到達の書面で佐藤に対する債権を整理したいので同月一七日に出頭されたい旨を伝えたこと、この頃には佐藤所有不動産について、金融業者が債権者となつて強制競売手続が進行しており、原告は、同年八月一日頃、裁判所からの債権届け出の催告書を受領したこと、以上の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

次に、成立に争いのない乙第三号証によれば、被告秀雄が仙南村農業委員会に対して本件贈与の許可申請書を提出したのは、昭和六〇年一一月一八日であることが認められる。

右に認定した各事実からすれば、被告秀雄が本件贈与を決意し、実行した時期は、主債務者佐藤には最早返済資力がないことが明らかとなり、原告に対しては、保証人としての責任を問われることがほぼ確実となつた頃なのであるから、被告秀雄は、本件贈与が原告ら債権者を害することになることを知つていたものと言わざるを得ない。

被告常寿は、被告秀雄は、昭和五五年に被告常寿に本件農地を贈与する意思であつたが、当時、土地改良事業施行中であつたため、仙南村役場の係員から、贈与は右事業終結の後にするよう勧められたため延期したものであり被告秀雄には、本件贈与当時詐害の意思はなかつた、と主張する。確かに、被告ら各本人尋問の結果によれば、被告秀雄は、昭和五五年に、子の被告常寿に対して農業経営を移譲し、農業者年金基金法に基づく経営移譲年金を取得するため本件農地を被告常寿に贈与しようとして仙南村農業委員会の担当者であつた高村礼次に相談したところ、本件農地を含む土地が土地改良事業施行中であること等を理由に、贈与ではなく使用貸借契約とするよう勧められてこれに従つたこと、が認められる。このように、被告秀雄が昭和五五年に本件農地を被告常寿に贈与しようとしたことがあつたことは認められるがその目的は、年金取得のためであり、これは使用貸借契約の締結により達成できるためとりあえず贈与は中止し、当然のことながら所有権移転の効果は生じなかった。そして被告秀雄から被告常寿に本件農地の所有権が移転したのは本件贈与によるものであり、その当時の客観的状況からすれば、被告秀雄には詐害の意思があつたと認めざるを得ないことは前述のとおりなのであるから、被告秀雄が以前に本件農地を贈与しようとしたことがあつたとの事実は、被告秀雄に本件贈与の当時詐害の意思があつたとの認定の妨げとなるものではない。

3. 抗弁について

被告ら各本人尋問の結果中には抗弁事実に添う部分もあるが、被告常寿本人尋問の結果によれば、被告常寿は昭和三一年生まれで、高校卒業後農業の手伝いをする傍ら測量を学び、現在では測量技術により相当の収入を得ていること、本件贈与当時、被告常寿は妻子とともに自己の両親(父被告秀雄)と同居していたこと、が認められ、この事実に先に認定したとおりの本件貸金に関する原告と被告秀雄との交渉経過及び本件保証債務は金二〇〇〇万円を越える高額なものであること、をも併せ考えると、三〇歳になろうとする年齢で、専門の職業をもつて妻子を養育している男性が、同居の父親が多額の保証債務を背負いその処理に苦慮していたのを知らなかつたなどとは考え難いところであり、前記被告ら各本人の供述は措信し難く、他には抗弁事実を認めるに足る証拠はない。

4. 詐害行為取消請求の範囲について

本件農地の筆数は比較的多いけれども、原告の債権額と本件農地の時価との関係につき、被告常寿は何らの主張立証をしていないから、本件贈与はこれをすべて取り消すこととする。

三、以上のとおりであり、原告の本訴各請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

目録(一)

一 秋田県仙北郡〈編集注・略〉一六番

田 二一六一平方メートル

二 同所 一八番一

田 二四一〇平方メートル

三 同所 一九番一

田 二八一一平方メートル

四 同所 二一番

田 一七二五平方メートル

五 同所 二二番

田 一四〇四平方メートル

六 同所 二三番一

田 一五四四平方メートル

七 同所 一七番一

田 六九九平方メートル

八 同所 二四番一

田 一一八一平方メートル

九 同所 二五番一

田 三〇四六平方メートル

一〇 同所 二六番

田 二七七六平方メートル

一一 同所 二七番一

田 一二八七平方メートル

一二 同所 二八番一

田 一五一九平方メートル

一三 同所 二九番一

田 一二八一平方メートル

一四 同所 四〇番

田 八九平方メートル

内草生地 一三平方メートル

一五 同所 四一番

田 五九平方メートル

一六 同所 四二番

田 二一一二平方メートル

一七 同所 四三番一

田 五一〇平方メートル

一八 同所 四三番二

田 一〇四四平方メートル

一九 同所 四四番一

田 五六九平方メートル

二〇 同所 四七番

田 一二〇六平方メートル

二一 同所 四九番

田 八〇六平方メートル

二二 同所 五三番

田 一三六一平方メートル

二三 同所 一七三番

田 二六三〇平方メートル

二四 同所 一七七番

田 三三一平方メートル

二五 同所 一九二番

田 六七六平方メートル

二六 同所 一九三番

田 七七〇平方メートル

二七 同所 一九四番

田 三一二三平方メートル

二八 同所 一九五番

田 六九平方メートル

二九 同所 一九六番一

田 四八四平方メートル

三〇 秋田県仙北郡〈編集注・略〉八二番一

田 三一七平方メートル

三一 秋田県仙北郡〈編集注・略〉三二五番

田 四〇〇平方メートル

三二 秋田県仙北郡〈編集注・略〉二番二

田 五二平方メートル

三三 同所 三番一

田 一七九八平方メートル

三四 同所 四番一

田 八四九平方メートル

三五 同所 五番一

田 一七八一平方メートル

三六 同所 六番

田 一三六八平方メートル

内草生地 一六平方メートル

三七 同所 七番

田 一二三九平方メートル

三八 同所 一五番一

田 一五五三平方メートル

三九 同所 四八番

畑 三九平方メートル

四〇 同所 五〇番

畑 一〇九平方メートル

四一 同所 五二番

畑 一四二平方メートル

目録(二)

一 秋田県仙北郡〈編集注・以下略〉

宅地 一四三一・四〇平方メートル

二 秋田県横手市〈編集注・以下略〉

宅地 一二・一六平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例